古都京都の文化財 醍醐寺
醍醐寺は豊臣秀吉による「醍醐の花見」の行われた地として有名です。
古都京都の文化財の一部として世界遺産に登録されています。醍醐寺の旅をしてみましょう。
古都京都の文化財 代表的な社寺
京都府京都市・宇治市、滋賀県大津市に存在する寺院等の総称で1994年にユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されました。
京都市・宇治市・大津市に17もの社寺が古都京都の「文化財」として登録されています。
賀茂別雷神社 (上賀茂神社) ⁄賀茂御祖神社 (下鴨神社) ⁄教王護国寺 (東寺) ⁄清水寺 ⁄延暦寺 ⁄醍醐寺 ⁄仁和寺 ⁄平等院 ⁄宇治上神社 ⁄高山寺 ⁄西芳寺 (苔寺) ⁄天龍寺 ⁄鹿苑寺 (金閣寺) ⁄慈照寺 (銀閣寺) ⁄龍安寺 ⁄西本願寺 ⁄二条城 ⁄
醍醐寺
住所:京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
真言宗醍醐派総本山の寺院。
醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内をもつ。
1994年に世界遺産(文化遺産)登録

醍醐寺 金堂(国宝)
下醍醐にある醍醐寺 金堂 には、ご本尊である薬師如来が安置されています。
醍醐寺ニュース
焼失前の明准胝観音堂
2008年8月24日未明准胝観音堂と休憩所全焼。落雷が原因の火災とみられている。
これまでにも、
昭和7年(1932年)4月3日(旧)五大堂(上醍醐)
昭和14年(1939年)8月29日 経蔵(上醍醐)
今回は3回目の焼失。
醍醐寺の位置と歴史
醍醐寺は「上醍醐」と呼ばれる山深い醍醐山頂上一帯と「下醍醐」と呼ばれる醍醐山麓の大伽藍とで成っています。
上醍醐と下醍醐は険しい山道を登らなければならず、徒歩で1時間はかかります。
上醍醐
醍醐寺は874年、空海の孫弟子にあたる理源大師「聖宝」が准胝観音(じゅんていかんのん)並びに如意輪観音を笠取山頂上に迎えて開山しました。その後同山頂付近を「醍醐山」と名付けます。多くの修験者の霊場として発展した後上醍醐と呼ばれるようになり、醍醐天皇は手厚い庇護をしながら、醍醐寺を自らの祈願寺とします。薬師堂が建立、五大堂が落成されて上醍醐の伽藍が出来ていきました。
下醍醐
醍醐天皇の頃、霊場である上醍醐の山麓にある平地に次々と、伽藍の建立が計画され951年の五重塔落成で大伽藍「下醍醐」が完成しました。
応仁の乱・文明の乱における焼失
平安時代、南北朝時代と隆盛を極めた醍醐寺ですが、応仁の乱・文明の乱などの戦乱の影響でそのほとんどが焼失しました。下醍醐の五重塔のみ当事の姿をとどめています。
五重塔は醍醐天皇の没後、その子供である朱雀天皇が父親の冥福を祈願して建立しました。
国宝 五重塔は、京都で最古の現存する建築物です。
豊臣秀吉と醍醐寺の関係
豊臣秀吉と醍醐寺といえば「醍醐の花見」。
これは、花見を口実に、応仁の乱以後荒廃していた下醍醐の伽藍、三宝院殿舎・庭園の復興に財政的な援助をしたと言われています。この裏には、その当事の座主である義演准后(ぎえんじゅごう)へのお礼としての意味がありました。というのも、豊臣秀吉が関白就任するにあたって義演准后が大きく関わっていたため、その恩返しという意味合いがありました。
醍醐寺へのアクセス
交通機関 :京都市営地下鉄・醍醐駅 徒歩 約10分
JR山科駅 タクシーで 約10分
名神高速道路京都東インターより下車
五条方面に向かって奈良街道に入り、醍醐方面
参拝時間 :3月1日から12月第1日曜日まで:9時~17時00分
12月第1日曜日翌日から2月末まで:9時~16時00分
拝観料 :三宝院庭園・伽藍入山・醍醐寺霊宝館 各600円
醍醐寺は春の桜が有名ですが新緑や秋のもみじも素敵。
西大門から国宝の金堂まで、爽やかな新緑のもみじ、燃えるような紅葉したもみじのトンネルの参堂が続きます。
醍醐寺の境内は東京ドーム150個分といわれる広大な敷地です。そのほとんどが広大な森。 上醍醐までゆっくり歩いて1時間の道のりは、心静まる穏やかな時間が過ごせます。 京都市内を見学するとなかなか足を運ばない醍醐寺の旅。いかがでしたでしょうか。